2017年6月27日火曜日

よく食べ、よく寝て、よく悩め

「女子体育」という雑誌に依頼されて、心の健康について短いコラムを書きました(不思議な取り合わせですが)。悩むことの意義を書いたものです。
許可を得て、転載しましたので、よろしければご覧ください。

 白金高輪カウンセリングルームのHPはこちら
 http://stc-room.jp/


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1.悩ませる男

私は悩ませる男です。

とは言っても、近所の淑女たちを虜にしている超絶イケメンというわけではないし(いや、その可能性もなくはない)、ベランダでご近所さんの悪口を替え歌で熱唱するような近所迷惑な男でもありません(思い当たる節がなくもないけど)

あくまで仕事のことです。仕事で人を悩ませているのです。
あ、もちろん盗賊とか追剥とかそういう反社会的な仕事じゃないですよ!

臨床心理士です。私は悩める人とのカウンセリングを仕事にしています。
週に150分、クライエントさんと話をすることを、1年、2年と積み重ねる仕事です。
長いですよね?
確かに長いんです。それはね、私の仕事が人の悩みをサッサと解消するのではなくて、しっかりと深く悩ませるものだからです。

フシギでしょ?悩むって答えが出ないモヤモヤを抱えておかなきゃいけないから辛いものです。
だけど、臨床心理士は「悩むこと」には大きな意義があることをよく知っています。
よく悩むことが、よりよく生きることに繋がると知っているのです。

そのことについて、ちょっと説明します。

2.見えない未来が悩ましい

私たちは頻繁に悩みます。
例えば、今日の夕飯、カレーを食べるか、ハヤシライスを食べるかでも悩みます。
とは言え、それはスーパーに寄った時に、深く悩まず「えいや!今日はカレーじゃ!」と決めてしまえるようなことです。

だけど、例えばそれが愛する人との最後になりそうなディナーだった場合、あなたはカレーとハヤシライスでより深刻に悩むはずです。
どっちにすれば、愛する人との破局を避けられるのか、わからないからです。

もしかしたら手持ちの情報をコンピューターに入力したら、「最後のディナーでカレーを選べば万事うまくいく可能性95%」と弾きだしてくれるかもしれません。

それでも「だけど、今回がその5%だったら」と不安になるのが人の常です。だって、その晩までに愛する人はカレー恐怖症になっているかもしれないのですから。

未来に何が起こるかわからないのです。

そう、私たちは未来が見えないから悩みます。
「自分はこのままでいいのか」「今、何を選ぶべきか」未来の不確実さが私たちを不安にさせ、そして悩ませるのです。

3.きちんと悩むための原材料

悩みは尽きないけれど、私たちは実は悩むのをすぐに放棄します。
あるいはきちんと悩めません。
布団をかぶって「カレーにすべきか、ハヤシにすべきか」とハムレットのように考えているとき、本当に悩んでいるわけではありません。

同じ情報がグルグルと周り、不安を反芻しているだけなのです。
 
そこには悩むことの実りがありません。考えは堂々巡りを続けて、モヤモヤが辛いのでついスマホでツムツムなんかを始めてしまうのです。
きちんと悩むためには新しい材料が必要です。
カレーとハヤシのまだ知らなかったことを知ると考え方が変わりますし、もつ鍋という選択肢が出てくると見える世界が変わります。

この新しい情報は二つの方向からもたらされます。
ひとつは外側です。
カレーについて調べたり、名店に行ってみたり、あるいはカレー名人に会って意見を聴くと、新しい情報が手に入ります。そうやって行動して仕入れた情報は、悩んで考えるための材料になります(だから、悩むと人は旅に出るのです)
 
もう一つの新しい材料は自分の内側からやってきます。
それは今までよく見えなかった自分の気持ちです。「本当は俺はカレーが嫌いだった」「ハヤシを避けようとしていた俺がいた」「本当に大事なのはカレーでもハヤシでもなく、彼女じゃないか!」などなど。
 
私たち臨床心理士が話を聴くことを重ねる理由はここにあります。
その人の中のまだ気がついていない新しい自分を発見すること、それがきちんと悩むことを可能にしてくれるのです。

4.よく食べ、よく寝て、よく悩もう

未来は絶対的に不確実で、現在はいつだって複雑です。

だからこそ、私たちはきちんと悩む必要があります。時間をかけて状況を吟味し、自分のことを見極めることで、不確実な世界に対する確かな一歩を踏み出すことが出来るからです。

それはもしかしたら間違いの一歩になるかもしれません。
だけど、もししっかりと悩んでから踏み出した一歩だったならば、そうやって生じたことに責任が取れるし、さらに次の一歩を踏み出して、人生を立て直すことができます。

よく悩むことは、私たちを成長させ、そして成熟させるということです。

だから、よく食べ、よく寝て、よく悩もう。これが私の信条です。

体力をつけて、渾身の力でクヨクヨ悩むのです。それが、今をよりよく生きるための秘訣です。

そう思って、今日も私は悩ませる男であり続けようと思います。

ということで、原稿も書き終わったし、今からベランダで罵詈雑言の替え歌を歌ってきますね。

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